黒田博樹 公式ホームページ『kuro18』

黒田選手のメッセージ

2009年は、ドジャースで黒田選手の通訳をされている
Kenjiさんにもブログに参加してもらいます!
側面から見た黒田選手、メジャーリーグの生の様子を伝えてもらいます!

三村敏之さん 2009年11月04日

昨日、前広島カープの監督である三村敏之さんがお亡くなりになられたのを知りました。

三村さんは僕がカープに入団した当時の監督であり、僕のデビュー戦であるジャイアンツ戦での初登板初勝利など、僕のプロ野球人としての扉をあけていただいた方です。

監督を退かれたあとヘッドコーチとして現場に復帰されたときに、マウンド上で首をかしげる僕を見て『おまえは名前で抑えれるピッチャーになったんだから、相手にそういうところを見せないほうがいいんじゃないか』って言っていただいたのを今でもマウンドでふと思いだすことがあります。

今はまだ信じられない気持ちです。心からご冥福をお祈りします。

大丈夫です。 2009年08月19日

この度は皆さんに心配をおかけしましたが、今日2回目の検査をロスでおこない、骨そして出血の異常もみられませんでした。

今回のアクシデントは映像でご覧になられたかたもおられると思いますが、今までたくさんのピッチャー返しを受けましたが初めて打球が見えませんでした。

もともと投球後のバランスは良いほうではないですが、投げた瞬間に後ろからいきなりバットで殴られたような感覚でした。

当たった瞬間はこれはヤバいと思いましたし、意識はまったく失わなかったですが、救急車に乗ってからから急に怖くなりこのまま意識がなくなっていってしまうのかとかいろいろなことを考えました。

おかげさまで今のところ多少の頭痛、めまいはあるものの回復に向かっています。ドクターはじめ皆さんにあの衝撃でこの程度で済んでいるのは非常にラッキーだと言われました。

たぶんちょうど2年前のこの時期に亡くなった親父が助けてくれたんじゃないかなと、そしてもう少し野球をやれと言うメッセージだったように思っています。現在チームは優勝争いの大事な時期なので、1日でもはやくマウンドに戻りたいです。

プロ意識 2009年08月17日

「健次さん、今のアウトになったんですか」

ライナー打球を頭に受け、マウンドに倒れている黒さんは小声で聞いてきます。マウンド上で黒さんを囲むヘッドトレーナー、監督、選手は黒さんの生死を心配している中、本人が心配していたのは自分の怪我より、試合の行方。

タンカーで運ばれ、球場から病院までの救急車の中でも「今はどうなってますか」と何度も試合経過を聞かれました。病院に着き、内出血や骨の皹を察知するCTスキャンに入る前、「試合結果を調べておいてくださいね」と言い検査室に入っていきました。

黒さんが球場を出た時は6回の裏3−0で勝っており、その後3−1となり、検査室に入る前は9回裏3−3の同点と追いつかれました。延長戦になり、3−4で負けたと知ると、「頭の痛みより負けの方が痛いですね」と一言。

プロとは仕事に命をかける人のことを言うのですね。

祝勝パーティー 2009年08月16日

「ケンジ、今日の試合が終わったら寿司喰いに行くぞ、ってクロダに伝えてくれ」。クラブハウスに入ってきたマニーが、もう黒さんの勝利が見えているかの様に、祝勝パーティーの計画を立てていました。

試合中も、黒さんが最初の送りバントを成功させると「イラッシャイマセー」と日本語でふざけながら彼をベンチに向かえ、二番目の送りバント成功後は「ライスボール(おにぎり)をご褒美にあげよう」等、頭の中は試合後の日本食で一杯。

黒さんは五勝目を挙げ、マニーも4打数2安打と復活の兆しを見せています。チームも三連敗後の一勝。試合後のクラブハウスの雰囲気もよく、マニーは誰よりも早く着替え、外食する準備万端です。

黒さんの報道陣の「囲み」が終わり、マニー、ラフィー(ファーカル)、黒さんと私は、ホテルの近くの和食レストランへ向いました。ビールで乾杯し、枝豆、牛のタタキ、アサリの酒蒸し、銀鱈の西京焼、鳥の唐揚げ等一品料理が出てくると、何の違和感も無くドミニカのスーパースター達は箸でつつき始めます。当たり前のように箸を使う彼等に、黒さんは驚いていました。「俺は野茂から教わったんだ」とマニーは牛のタタキを摘みながら言います。そう言えば、野茂さんとマニーはボストンで一緒だったんですね。

マニーとラフィーは親日派で、オールスターチームの一員として日本へ行った事もあります。黒さんもルーキーの頃ドミニカへ行っており、お互い話が盛り上がっていました。話している間、マニーは気を遣って、皆のコップにビールを注いでいます。世界一気さくなトップアスリートではないでしょうか。ラフィーも黒さんのピッチングを讃えながら、「もっとクロダと話したいから英語かスペイン語を覚えてくれ」と親睦を深めていました。

次回は、ラフィーの家でドミニカの家庭料理を食べながら祝勝パーティーをするそうです。
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美味しい勝利の秘訣 2009年07月06日

去年のメジャー初登板も、今年の開幕もサンディエゴ。この街と黒さんは相性がよさそうです。彼自身もこのアメリカ一天候の良いと言われる街を気に入っています。そして勝利の秘訣はなんと言っても、某和食レストランのお寿司。

2008年4月、メジャーデビューの前夜食事に行ったのをきっかけに、サンディエゴ遠征に来る度にお世話になっています。オーナーシェフのMr. Oの前に座り、おまかせ料理を堪能。27年前にサンディエゴに来て、ウニと伊勢エビの美味しさに惹かれこの地に居座ったという大将。黒さんはアメリカで食べた日本食レストラン一と絶賛しています。そして極めつけはMr. Oの人柄と笑顔。黒さんは「Mr. Oの前の寿司カウンターを予約しておいてください」と、今ではサンディエゴ登板前夜のルーティーンになっています。

そして昨日は見事3勝目。おめでとうございます。

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